今ほど自分の感情が表に出にくい顔をありがたく思った事はない。 「俺は黒子が悪いと思うぞー?」 部活後の自主練習中に「上手くなったなあ。よくがんばったな!」と孫を見守るおじいちゃんの顔で隣に立った木吉先輩が、僕のシュートがかろうじて入った瞬間にそう言ったのだ。 はて聞き間違いかと高い位置にある彼の横顔を見ると、僕の視線に屈託のなさそうな笑顔を見せる。 「伊月も悪いけどな。だからって、お前もいつまでもそういう態度は、良くない」 だろ? と諭す目は兄のようで、有無を言わせない声は父のようだった。僕は木吉お父さんから顔を隠すように、Tシャツを引っ張って汗を拭う。 「そうですね。僕も意地を張りすぎました。ところで、伊月先輩から聞いたんですか?」 慎重に尋ねた僕の頭をわしわしと撫でながら、木吉先輩は頷いた。 「ああ。なんかあいつ珍しく落ち込んでてな。あ、でもケンカの相手が黒子とは言ってなかったけど」 でもお前だろう、とのんびり言うこの人は天然なのだ。天然の、お父さん。生まれついての刑事だとか、生まれついての殺し屋だとかの「生まれついて」と同じ意味だ。例えに深い意味はない。昨日警察小説を読んだからだ。きっと。 ほい、とボールを一つ僕に手渡して、ついでに頭をポンと軽く叩いて、木吉先輩は体育館を出て行ったけれど、それ以降僕のシュートがゴールをくぐる事はなかった。 伊月先輩が三年に進級し、従って僕も二年になった夏に、僕たちは付き合いを始めた。恋人になったという意味だ。 僕はいつも僕を見失わないでいてくれる伊月先輩に、心を寄り掛からせていくように好きになった。もちろんその気持ちを知らせる事など考えもしなかったが、ある日ふとしたきっかけから、伊月先輩も僕を後輩としてではなく想ってくれていると知った。 その時僕たち二人の間にあった事は、思い出すだけで胸がいっぱいになる。僕は恥ずかしくて幸せで混乱していた。 同じように少し照れくさそうに、幸せそうに笑った伊月先輩を見て、僕は思った。きれいな人だと。 もちろんあの涼しげな顔立ちのことばかりではない。駄洒落を連発して皆に突っ込まれているが、僕はその内容がいつだって誰も傷付けない事に感嘆していたし、よく見えるだろう目を必要な時にはわざと片方閉じてくれる事も、静かだけど強い意志を持っている事も、彼の心の芯の部分を表していて、それはとても優しくてきれいだった。 そのきれいな優しさが僕は好きなのだけど、だけど、あまりに先輩は優しかった。